12月11日に行われました銕仙会公演「葛城・大和舞」の報告です。
コロナ禍で入場者数が減っている現状では、7割ほどのお客様が入っておられたのはありがたかったです。
今回、年に一度講義に伺っている東京藝術大学の学生さんが40名ほど来てくれたのも幸いしました。
今回は「大和舞」という小書きがつきましたので、常の演出との違いを説明しながら舞台を追っていきたいと思います。
まず常の演出と大きな違いは、塚の作物が出されることがあげられます。
能「葛城」は雪の積もる仲冬の葛城山での出来事ですので、
雪に覆われた塚を出すことによって、辺り一面の銀世界を主張するのに大きな役割を果たしています。
後シテはこの塚の中から出てくるのですが、常だと幕から出てくるわけで、「大和舞」の演出によって、天の岩橋を架けることができなかった葛城明神が蔦葛に縛られた岩に閉じ込められたという岩橋伝説を再現することができます。
・前シテ
壺織の着流し姿(常だと上に着るこの白地の壺織が水衣になります)。
白尽くしで雪の世界を強調しています。
雪綿を載せた笠をかぶり(常も同じ)、手には山を登る行動で杖を持ち、暖を取る薪を背中に背負っています。
常だと雪綿の付いた小枝を手に持ちます。
面は「曲見(しゃくみ)」甫閑(江戸中期)
山に迷った山伏を自宅に招き入れ、暖を取るために木の枝を燃やそうとする場面
雪笠、杖、薪を身から放し、代わりに木の枝を持ち山伏に見せているところです。
木の枝は後見から受け取ります。
始めの写真の場面は、山伏の前に行き木の枝を下において扇であおって火を起こすところの所作です。
数回扇であおるのですが、山伏に煙がかからないようにとの教えがあります。
舞を舞う里女
・後シテ
天冠には蔦の建物を乗せ、舞衣を着ています。常だと月の建物の天冠となり、舞衣は長絹。
大口は神体を強調するため紫色の大口を使いました。常だと緋の大口です。
面は「増(ぞう)」同じく甫閑
(この甫閑の「増」は憂いがあってとても好きな面で、今までに「楊貴妃」と「浮舟」に使ったことがあります)
葛城山の岩の中に閉じ込められた葛城明神が出現する場面です。
まだこの時は蔦葛に身を縛られているという設定ですので、カマエも蔦に縛られた窮屈な感じを出すことが求められます。
「これ見給えや明王の、索(さっく=縛り縄)はかかる身を縛めて」
手に持つ御幣の付いた榊は「大和舞」の時にだけもちます、常では扇を持ちます。
山伏の祈祷によって束縛から解放されて、閉じ込められた岩から出て山伏に感謝の意を表す場面です。
大和舞の場面の一部
終曲に近い香久山を見上げる場面です

袖がうまく掛かっていないのが気になりますが、、、前回のブログでも書きましたが、大和三山の香久山は200m足らずの低い山で、葛城山からは眼下に見下ろす位置関係にあります。能の型附けでは遠くに見上げる型になっています。その方が姿としては美しくなると思いますが、あえて見上げる型にはしませんでした。
今回の「葛城・大和舞」の舞台経過を写真で追ってみました。
おしまい
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