[曽我の里 別所梅林より眺めた富士山]
2月6日
箱根・強羅の「シャルテ箱根」へ、お弟子さんと謡・仕舞の合宿に行って来ました。
以前に何度かこのブログでアップしたことがありますが、「シャルテ箱根」は東京メトロの保養施設で、私がこの会社に謡を教えに言っている関係からたびたびこの施設を利用させていただいています。内装もきれいですし、温泉も良く、何といっても格段と安いのです。(^o^)
今回は都内で教えている数か所の稽古場のお弟子さんが集まり、老若男女24名の参加による合同の合宿でした。
男女の比率は半々くらいですが、老若は老の方が多かったかな(^。^)
昼間に素謡5番、仕舞12番の稽古。
そのあと温泉に入って、あとは深夜までの大宴会です。
二次会用に購入したワイン11本も綺麗に飲み干しました!
一人一芸の披露、大いに盛り上がりました。それにしてもみんな大酒飲みばかりです(笑)。
着いた日の強羅は寒かったです。
前日までに降った雪で庭は美しい雪景色になっています。この雪景色を正面に据えて、眺めながらの稽古は格別です。
温泉に雪にお酒、これはもう最高ですね。稽古はついでにという感じでしょうか(笑)。
2月7日
合宿の翌日は国府津の”曽我の里”を訪ねました。
強羅から登山鉄道で箱根湯本、小田急で小田原へ。JR東海道線で国府津に行き、そこからバスで”曽我の里”というコース。今回の案内人はいつものごとく清泉女子大のH女史です。
まず最初に訪れたのは城前寺。
むかし富士山のふもとに源頼朝が盛大な狩がおこない、曽我兄弟はそれに付き添う仇敵・工藤祐経を討ち、見事本懐を遂げます。
その曽我兄弟の菩提寺がこの城前寺です。
ここには曽我兄弟と義父祐信と母満江の墓がならんで葬られています。
左の二つが曽我兄弟、右の二つが義父と母のものです。
左の門扉には富士山に蝶と千鳥が飛んでいます。
これは蝶は五郎、千鳥は十郎を現していて、能の装束附けでは、腰帯に蝶と千鳥の文様のものがあり、これは曽我兄弟専用のものですが、このように使い分けています。
※
また曽我兄弟にお供した鬼王・団三郎兄弟の碑も側にありました。
能の「夜討曽我」や「禅師曽我」では鬼王兄弟は活躍するのですが、謡で「小袖曽我」を稽古したことがある方はこの鬼王兄弟の名前にもなじみがあると思います。
曽我兄弟が討ち入り時、傘を燃やして松明の代わりにしたという故事があり、この城前寺では毎年5月26日の討ち入りの日には傘焼き祭がこの寺で行われているようです。
次に訪ねたのは城前寺から徒歩10分ばかりのところにある『曽我物語「小袖乞い」の伝承地』。
曽我兄弟は仇討のため最後の対面に母・満江(まんこう)御前を訪ね、母から小袖を頂きます。
その母親の屋敷があったとされるのがこの場所で、今は公民館が建っていました。
能の「小袖曽我」では母との最後の対面が主題になっていますが、小袖の話は出てきません。、「母と最後の別れと小袖」、このことはは当時の人には周知のことだったので「小袖曽我」という作品名になったのでしょう。
銕仙会では能「小袖曽我」で、母から小袖を受け取る場面を加えた演出で演じたことがあります。
最後の訪れたのは曽我の里にある別所梅林です。
白梅が満開で、あたり一面梅の香りに満ちていました。空は雲ひとつない快晴で、白梅が一層冴えて見えました。
トップにアップした梅の木と富士山はナイスショットだと自負してます。(^o^)
この日は梅祭りのイベントで地元の民族芸能の獅子舞が特設舞台で披露されていました。
紅白梅のアップです。
どちらがお好みですか!?
※2010.6.1付けのコメントで、千鳥と蝶の配役に誤りがあると指摘されましたので訂正しておきます。
私のうっかりミスでした。
蝶ー五郎、千鳥ー十郎が正解です。