昨日は2月・銕仙会定期公演の日でした。
番組
能「大原御幸」 鵜澤久
狂言「土筆(どひつ)」 山本東次郎
能「車僧」 谷本健吾
毎年お正月公演の後、2月、3月の公演はお客様の入りが悪いのですが、昨日はよく入っていました!
能「大原御幸」は1時間55分ほどかかり、休憩、狂言をはさんで、次の能「車僧」が始まったのは8時20分頃、この時点で客席に空席がずいぶんと見られました。
これは無理もありません。
「大原御」幸」は2時間近くにも及ぶ大曲です。しかも舞事が無く、動きもほとんどありません。語りと謡だけで舞台は進行してゆきます。いつも以上に集中力が要求されることとなるので、おまけに夜の公演ですし、お客様もこの能をご覧になって疲れたのでしょうね。
狂言1番、能1番だけの番組にしたほうがよかったのかもしれません。
能「大原御幸」
先代の銕之亟先生は「大原御幸」の能のことを、ブラック・ミサとよく言っておられました。
壇ノ浦で平家滅亡のとき、わが子、安徳天皇の入水に続き、海に沈んだ建礼門院は関東武者に救い出され、その後は京都の大原の里、寂光院で余生を過ごします。
その寂光院に後白河法王が訪れるところから、この能は始まります。
建礼門院は後白河法王の息子・高倉天皇のもとへ嫁いでいますので、建礼門院にとって後白河法王は義父であるのですが、高倉天皇が亡くなったあと法王と建礼門院の結婚話も出たといいます。
法王は建礼門院を娘として以上に、女としての興味を持っていたのでしょう。
法王は建礼門院に平家滅亡の様子、安徳天皇入水の様子などを語らせます。
建礼門院にとってはさながら生き地獄で、忘れてしまいたい、思い出したくもないことでした。
しかし過去のことを物語る行為は、罪を懺悔するということにつながります。
先の銕之亟先生が「大原御幸」を『ブラック・ミサ』と言っておられたのは、この観点からだと思うのです。
ユニークな発想ですね。
またこの作品がとてもお好きで、たびたび演じられていました。
それはそれは艶やかな舞台でしたが、私が「大原御幸」を演じるのはいつになるのでしょうか・・・・・・