第3場面 下総の国での出来事
わが子の亡骸が眠る墓所の前で、母親はただ嘆き悲しむばかりです。
この能の作者は世阿弥の長男、元雅とされています。
元雅は世阿弥が37歳の時の子、世阿弥が出家したのが68歳で、元雅は31歳で家督を譲られています。
足利義満の稚児として愛でられ、華やかな役者生活を送った世阿弥の若かりし頃と比べると、元雅はあまりにも悲しい一生を送っています。
能の主流が世阿弥から甥の音阿弥に移ったその時期に、元雅は能役者生活を送っているのです。弟の元能(もとよし)はそんな一門の前途を悲しみ、若くして出家しています。
しかも元雅は38才で客死しています。
このような不遇な境遇の立場にいた、それゆえにあまりにも悲しく救いのない能「隅田川」が生まれたのではないかと思っています。
少し話が外れましたが、能「隅田川」は、作者の元雅と切り離しては考えられません。
<わが子の亡霊>
墓の前で念仏を唱えていると、その念仏に混じってわが子の声が聞こえてきます。
やがては姿を現し、捉えようとするのですが幻なのでスッーと消えてしまいます。
「隅田川」のクライマックスですね。
子方の透明な念仏の声を聞くと、思わず咽んでしまうところです。
しかしこれも子方によりけりで、ダミ声だったり、わざと悲しげにしたりされると、興ざめして、もういっぺんで台無しになってしまいますが、明日の子方(後藤真琴ちゃん)はとても素直な声をだしてくれます。
その声を生かすためにも、私が頑張らねばなりませんが・・・
大念仏が終わり夜がしらしらと明けだしたころ、目の前には雄大な隅田川の流れと広大な武蔵野平野とが広がり、悠久の自然の前に一人の母親が悲しい運命を背負って立ちすくんでいる、こんな景色で能「隅田川」は終わっています。