翁の舞の留めは、『萬歳楽』と翁と地謡が繰り返し謡って終わるのですが、今回はこのあとに、二人の翁が口の中でぼそぼそ呪文のようなものを唱えていました。
「重畳(ちょうじゅう)安穏の御祈祷」
この言葉をつぶやいていました。黒川能などでもこのようなことをするようです。
三番三の舞 (いまは三番叟といっていますが、古くは三番三といったのでしょか)
この日の三番三は「二日ノ式」の形式で行われました。
狂言のことなので詳しくは分かりませんが、揉之段のところで橋掛かりに行くのが大きな特徴です。「翁」では橋掛かりでの演技は普段はありません。
先日世田谷パブリックシアターで行われました「翁」の連続公演で、「二日ノ式」の小書きで行われた時も、三番叟はやはり揉之段で橋掛かりに行かれたそうです。この時の狂言は和泉流で今回は大蔵流なのですが、流派が違っても同じ形式をとられるようですね。
揉之段が終わって三番三は後見座にくつろぎ、黒式尉の面をかけるのですが、前に紹介しましたように、三番三の山本東次郎さんは懐に忍ばせておいた黒式尉をこのとき取り出されたのです。「翁」の始まりの時、舞台で面箱を開けたときに黒式尉を懐にいれ、このあとずっと懐に入ったままだったようです。
このあとの黒式尉とアドとの問答は、常とは少し違ったものの、
先日の世田谷パブリックシアターで行われたこの問答の異式演出でみられた、秀句を並べるということはなかったです。この問答の異式演出は江戸時代になってからのことだそうで、古くは現行に近いものだったようです。
黒式尉とアドとの問答が終わったあと、
アド「雉(きじ)の尾は、笙の笛にぞ似たりける
地謡「似たりけり、笙に合わせて音をぞ鳴く
この謡があって鈴之段に入りました。この言葉と鈴之段の関係がよく分かりませんが・・・
三番三の舞のあと、延命冠者(宝生方千歳)が現われ、父尉を呼び出し、父尉がカケリのような舞を舞って、すべてが終わりです。
最後は、千歳、囃子方、後見(地謡)、権守の順に幕へ引いていきました。
今回の『もう一つの「翁」』の公演は、≪学問的な実験≫として試みられた古態の「翁」の復元でしたが、はたしてその成果はいかなるものだったのでしょうか・・・