先日横浜能楽堂で行われました<もう一つの「翁」>の公演、舞台進行の記録を残しておくためにも、当日の記憶が失せないうちにざっと書き記しておきます。
<もう一つの「翁」>、それは現行の「翁」、面箱、千歳、翁(白式尉)、三番叟(黒式尉)、に延命冠者、父尉の二役が加わった形態のものであり、二座(観世、宝生)立会いの形式で行われました。
配役は、
観世権守(白式尉)が父尉を兼ねた二役。
観世方千歳が面箱と三番叟(黒式尉)を兼ねた三役。
宝生権守(白式尉)。
宝生方が面千歳箱と延命冠者を兼ねた三役。
観世、宝生それぞれに後見と地謡を兼ねた役が三人。
狂言の後見が二人。
装束付けで常の翁の公演と大きく違ったのが、権守(翁)の装束が「白尽し」になったことです。
狩衣(かりぎぬ)はひとえの白、指貫(さしぬき)も白。
これらの装束は観世、宝生の流儀にはなく、今回金春流からの拝借物です。
さていよいよ「翁」の始まりですが、幕から出た順番に列記してみます。
観世方面箱、宝生方面箱、観世権守、宝生権守、囃方(笛、小鼓ー三人、大鼓)、観世後見(地謡)ー三人、宝生後見(地謡)ー三人、狂言後見ー二人。
まず面箱二人が舞台正面に居並び、その後ろにそれぞれの権守が立居しています。
面箱は「面箱」を前に置き、両手を突いて礼をし、権守はその後ろで立礼でした。
立礼の翁なんて今回始めて見ました。

そのあとは権守はいつものように地謡側座し、面箱は「面箱さばき」のあと脇正面側に座しそれぞれ向かい合って座していました。(詳しくは右の図を拡大してみてください)
翁の始まり 方はいつもと同じでした。
笛の吹き出しから、鼓の演奏、翁の謡い出し、地謡は観世と宝生のそれぞれの流儀の謡を同時に謡うというものでした。
翁の謡い、地謡に若干の違いがあったことは前回記しました。
千歳の舞 は前半を観世方千歳が、中の千歳の謡は両方の千歳が同吟し、後半は途中までは相舞でしたが、最後は宝生方千歳が一人で舞うというものでした。
このあと常の形ですと、面をつけた翁(白式尉)と三番叟が向き合って翁の舞へと移っていくのですが、今回は面をつけた二人の翁(白式尉)がそれぞれの面箱(千歳)と向かい合うということになりました。観世の千歳は後見座へ、宝生の千歳は笛座へと別れて座しました。
ここで「面箱」の中に入っているものを書いておきます。
観世の「面箱」ー白式尉、黒式尉、父尉
「宝生の面箱」ー白式尉、延命冠者、鈴
ここで不思議なことが起こりました。
三番叟のつける黒式尉は常だとシテ方の後見が狂言の後見のところまで持っていくのですが、今回はその処置は取りませんでした。では三番叟がつける黒式尉の面はどうしたのでしょうか?
実は翁が始まった「面箱さばき」の時に、自分の使う面を懐にいれておいたそうです。
この役は山本東次郎師でした。面箱、千歳、三番叟の三役をこなすのですが、千歳の舞の時には懐に黒式尉が忍んでいたのです。古い型付けにはこの方法が記されているそうです。面白いですね。こんなこと誰も気づく人はいなかったと思いますよ。
次回は翁の舞、十二月往来(じうにつきおうらい)のことを・・・