先日の青葉乃会で使った『面』。

「相聞」で使われたのは、岡山の林原美術館に所蔵されている『宝増』(たからぞう、または、ほうぞう)の写しです。
元は、室町末期の宝来(ほうらい)という面作家の作品で、それを現代の能面作家・中村光江さんが写され、銕仙会が所蔵しています。
『増』の面は、どこか神がかり的で、きりっとした強さを持っているのですが、この『宝増』は憂いに満ちた優しい面立ちをしています。
観世銕之丞師が「相聞」のイメージから今回この面を選ばれました。とても清楚な感じがして、「相聞」にはよくあっていたと思います。
元の作品は拝見したことがありませんが、中村光江さんの『宝増』もとてもよく出来た作品で、われわれ仲間内でも評価が高いです。

「松風」はシテが是閑の小面で、銘が「墨吉(すみよし)」。ツレは作者不詳の小面、銘が「閨月(けいげつ)」。
是閑は桃山時代の作家で、秀吉から「天下一」の称号を受けています。その傑出した作風は、内に力を込めた力強い迫力が特徴です。小面に関して言えば、彩色において胡粉を磨き上げて、光沢のある硬い感じがします。400年たった今でもこの光沢は失われていません。(下の別冊太陽のカバーを見てください)
松風のシテは情念の強い女性ですので、是閑のこの小面は松風の役にぴったりです。
ツレの閨月の小面は、江戸期の作品には間違いありません。
もっぱらこれぞという時のツレに使われることが多いです。「砧」、「松風」等。
是閑の小面に比べると、閨月の小面は、どこか冷めたところがあります。
「松風」の村雨は姉の松風に比べて理性の強い女性として捉えられていますので、その対比を出すにはこの閨月はとても都合がいいようです。
この写真をクリックしてみてください。大きな絵で見ると、二つの小面の性格がよく分かります。

1978年(昭和53年)、平凡社刊行の別冊太陽で能が取り上げられており、その巻頭には「松風」のカラー写真が掲載されています。表紙には上で説明した、是閑の小面・「墨吉」がでかでかと映っています。
このことを青葉乃会が終わってから思い出しました。(^_^;)
シテは観世静夫(先代・銕之亟)師、ツレは浅見真州師、場所は青葉乃会と同じく目黒の喜多能楽堂。
なんと、面がシテ、ツレとも青葉乃会の時とまったく同じ。
しかも、装束の水衣までまったく同じ・・・
本に掲載されることが分かっている松風の演能ですから、その面・装束はハイレベルのものです。
その面・装束が私の「松風」と同じ!!!
恐れ多くも、という感じです。
私はとても贅沢をさせていただきました。
感謝! 感謝!
えっ、馬子にも衣装だって・・・ (ーー;)
話は変りますが、青葉乃会で使った面を、見事に言い当てた方がおられます。
この夏に行いましたバックステージツアーで、面の解説をお願いしました能面作家、石塚しげみさんから会のあとメールをいただき、それには当日使用した面をすべて言い当てられておられました。
石塚さんは夏の面の虫干しの時にもこられており、その面が何処に置いてあったかなどの指摘も!
専門家の観察力はすごいです。
※上の松風の写真は掘上謙氏撮影によるものです。