
先日行いました事前講座、無事に終了いたしました。
コロナ禍にもかかわらず、ご来場いただきました皆様には心より御礼申し上げます。
お越しいただけなかった方のために、事前講座で配布いたしました、講師・姫野敦子女史(清泉女子大学准教授)が作成されました資料を添付しておきます。
あらすじ、引用和歌、詞章、詞章の現代語訳が掲載されています。
第22回青葉の会 事前講座 令和二年十月十三日(火)
〈ここが面白い!「定家」〉資料 姫野敦子
「定家」あらすじ
北国の僧が都へ上り、折からの時雨に雨宿りする。そこへある女が現れ、この場所は時雨の亭(しぐれのちん)といい、藤原定家が建てたものと由緒を語る。また、女は葛に絡まれた墓を僧に示し、この墓は式子内親王の墓で、葛は定家葛といい、内親王へのかなわぬ恋に悩んだ定家は死後も葛となって内親王の墓を覆って、苦しめ、苦しんでいると語る。女は自らの正体が式子内親王だと僧に告げ、回向を頼んで姿を消す。
時雨の亭で夜を過ごす僧に、墓の中から世の無常を嘆く声が聞こえ、式子内親王の亡霊が姿を現す。僧が唱える法華経の薬草喩品(やくそうゆほん)を聞いた内親王は草木が執心を解いたことをよろこび、舞を舞う。が、夜が明けるに従い、葛はもとのように墓に絡まり内親王は墓の中へと姿を消してしまうのだった。
・登場人物
ワキ・ワキツレ(北国よりの旅の僧たち)
前シテ(女)=後シテ(式子内親王)
アイ(都の者)
●歌人であった式子内親王と藤原定家の恋をもとにして、二人の和歌やよく知られた和歌をちりばめた詞章が展開される。
A・『拾遺愚草』下(藤原定家の歌集)二四〇八番 (続後拾遺集四一五にも)
時雨知時私家
いつはりのなき世なりけり神な月たがまことより時雨れそめけん
B・『新古今和歌集』(恋一・一〇三四番)
百首歌の中に、忍恋を 式子内親王
たまのをよたえなばたえねながらへばしのぶることのよわりもぞする
C・『拾遺愚草 員外』(定家の歌集)一五五番
みな人の心にしのぶ秋の野をほにいでてなびく花薄かな
D・『拾遺和歌集』(恋二・七一〇番)
(題知らず) 権中納言敦忠
あひ見てののちの心にくらぶれば昔は物もおもはざりけり
E・『伊勢物語』六五段(『古今集』五〇一番にも)(御手洗川は賀茂神社を流れる川)
恋せじと御手洗河にせしみそぎ神はうけずもなりにけるかな
F・『古今和歌集』(雑上・八七二番)
五節の舞姫を見てよめる よしみねのむねさだ
あまつかぜ雲の通ひ路吹きとぢよ乙女の姿しばしとどめむ
G・『拾遺愚草』下(二六〇四)
なげくともこふともあはん道やなき君葛城の峰のしら雲
●能「定家」詞章(シテ詞章、観世流・ワキ詞章、下掛宝生流により構成)
〈北国からのワキ(ワキ)とそのワキツレ(ワキツレ)の登場〉
ワキ・ワキツレ「山より出づる北時雨、山より出づる北時雨、行方や定めなかるらん。
ワキ「これは北国方より出でたる僧にて候。我いまだ都を見ず候う程に。ただいま都に上り候。
ワキ・ワキツレ「冬立つや。旅の衣の朝まだき。旅の衣の朝まだき。雲も行き交う遠近(をちこち)の。山また山を越え過ぎて。紅葉に残るながめまで。花の都に着きにけり、花の都に着きにけり。
ワキ「急ぎ候う程に。これははや上京とかや申し候。心静かに一見せばやと思ひ候。面白や頃は神無月十日あまり。木々の梢も冬枯れて。枝に残りの紅葉の色。所々の有様までも。都の気色は一入(ひとしお)の。ながめ殊なる夕べかな。や。時雨が降り来りて候。これなる宿りに立ち寄り時雨を晴らさばやと思ひ候。
〈前シテ(女)の登場、時雨の亭の説明〉
シテ「のうのう御僧。何しにその宿りへは立ち寄り給い候うぞ。
ワキ「さん候う、只今の時雨を晴らさんために立ち寄りて候う。さてこの所をばいかなる所と申し候うぞ。
シテ「それは時雨の亭(ちん)とて由ある所なり。その心をも知ろし召して立ち寄らせ給ふかと。思えばかように申すなり。
ワキ「げにげにこれなる額を見れば。時雨の亭と書かれたり。折から面白う候う。さて、これはいかなる人の建て置せ給える所にて候うぞ。
シテ「これは藤原の定家(さだいえ)の卿の建て置き給える所なり。都の中(うち)とは申しながら。心すごく時雨ものあはれなればとてこの亭を建て置き。時雨の頃の年々は。ここにて歌をも詠じ給いしとなり。古跡といい、折からといい。その心をも知ろし召して。逆縁の法をも説き給いて。かの御菩堤を御弔いあれと。勧めまゐらせんそのために。これまで現れ来りたり。
ワキ詞「さては藤原の定家の卿の建て置かせ給える所かや。さてさて時雨をとどむる宿の。歌はいづれの言の葉やらん。
シテ「いやいづれとも定めなき。時雨の頃の年々なれば。わきてそれとは申し難し、さりながら。A時雨時を知るといふ心を。偽りのなき世なりけり神無月。「誰(た)が誠よりしぐれそめけん。この詞言(ことがき)に私の家にてと書かれたれば。もしこの歌をや申すべき。
ワキ「げにあわれなる言の葉かな。さしも時雨は偽りの。なき世に残る跡ながら。
シテ「人は徒(あだ)なる故事(ふること)を。語れば今も仮の世に。
ワキ「他生の縁は朽ちもせぬ。これぞ一樹の蔭の宿り。
シテ「一河の流を汲みてだに。
ワキ「心を知れと。
シテ「折りからに。
地謡「今降るも。宿は昔の時雨にて。宿は昔の時雨にて。心すみにしその人の。あわれを知るも夢の世の。げに定めなや定家の。軒端の夕時雨。古きに帰る涙かな。庭も籬(まがき)もそれとなく。荒れのみ増さる草叢(くさむら)の。露の宿りもかれがれに物すごき夕べなりけり物すごき夕べなりけり。
〈女は、僧を式子内親王の墓に案内する〉
シテ「今日は志す日にて候う程に。墓所(むしよ)へ参り候う、御参り候えかし。
ワキ「それこそ出家の望みにて候え。さらばおん供申そうずるにて候う。
シテ「のうのうこれなる石塔御覧候え。
ワキ「げにげにこれなるしるしを見れば。星霜古りたるに蔦葛(つたかづら)はいまといて、形も見えわかず候。これはいかなる人の標(しるし)にて候うぞ。
シテ「これは式子内親王(しょくしないしんのう)の御墓にて候。又このかづらをば定家(ていか)葛と申し候。
ワキ「あら面白や定家葛とは、いかやうなる謂われにて候うぞ。
〈女、定家葛のいわれを語り、妄執を払ってほしいと願う〉
シテ「式子内親王、始めは賀茂の斎(いつき)のみやにそなわり給いしが。程なく下り居させ給いしを。定家の卿しのびしのびの御契り浅からず。その後式子内親王程なく空しくなり給いしに。定家の執心、葛となつて御墓に這いまとい。互の苦しみ離れやらず。共に邪淫の妄執を。御経を読み弔ひ給わば。なおなお語り参らせ候わん。
地謡「忘れぬものをいにしえの。心の奥の信夫(しのぶ)山。忍びて通ふ道芝の露の。世語(よがたり)よしぞなき。
シテ「今はB玉の緒よ絶えなば絶えね、ながらえば。
地「忍ぶる事の弱るなる。C心の秋の花ずすき。穂に出で初めし契りとて又かれがれの仲となりて。
シテ「D昔は物を。思わざりし。
地「後の心ぞ。はてしもなき。「あわれ知れ。霜より霜に朽ち果てて。世々に古りにし山藍の。袖の涙の身の昔。E憂き恋せじとみそぎせし。賀茂の斎のみやにしも。そなわり給う身なれども。神や受けずもなりにけん。人の契りの色に出でけるぞ悲しき。つつむとすれどあだし世の。あだなる仲の名は洩れて。よその聞えは大方の。空恐ろしき日の光。F雲の通路(かよいぢ)絶え果てて。少女(おとめ)の姿とどめ得ぬ。心ぞつらきもろともに。
シテ「げにやG嘆くとも。恋ふとも逢わん道やなき。
地「君、葛城の峰の雲と。詠じけん心まで。思えばかかる執心の。定家葛と身はなりて。この御跡にいつとなく。離れもやらで蔦紅葉の。色こがれまとはり。荊棘(おどろ)の髪もむすぼほれ。露、霜に消えかえる妄執を助け給えや。
〈女、正体を明かして、消え失せる〉
地「古りにし事を聞くからに。今日も程なく呉織(くれはとり)。あやしや御身誰やらん。
シテ「誰とても。亡き身の果は浅茅生(あさぢう)の。霜に朽ちにし名ばかりは。残りてもなお由ぞなき。
地「よしや草葉の忍ぶとも。色には出でよその名をも。
シテ「今はつつまじ。
地「この上は。我こそ式子内親王。これまで見え来たれども。真の姿は陽炎(かげろう)の石に残す形だに。それとも見えず蔦葛 苦しみを助け給えと言うかと見えて失せにけり。いふかと見えて失せにけり。(中入)。
〈アイ(都、上京あたりの者)が登場し、定家葛のいわれを語る。僧たちは式子内親王を弔う〉
ワキ、ワキツレ「夕べも過ぐる月影の。夕べも過ぐる月影の。松風更けて物凄き、草の蔭なる露の身を。思いの珠の数々に。とむらう法(のり)ぞまことなる、とむらう法ぞまことなる。
〈後シテ(式子内親王)登場〉
後シテ「夢かとよ闇の。うつつの。宇津の山。月にもたどる。蔦の細道。昔は松風蘿月(しようふうらげつ)に言葉を交わし。翠帳紅閨(すいちょうこうけい)に枕をならべ。
地「さまざまなりし情の末。
シテ「花も紅葉もちりぢりに。
地「朝(あした)の雲。
シテ「夕の雨と。
地「故事(ふること)も今の身も。夢も現も。幻も。共に無常の世となりて跡も残らず。何なかなかの草の蔭。さらば葎(むぐら)の宿ならで。外はつれなき定家葛。これ見給えや御僧。
〈僧は、経を唱え、その功徳により葛は解ける。式子内親王はお礼に舞を舞う〉
ワキ「あら傷はしの御有様やな あら傷はしや。仏平等説如一味雨。随衆生性所受不同。
シテ「御覧ぜよ身は徒波(あだなみ)の立居(たちい)だに。亡き跡までも苦しみの。定家葛に身を閉ぢられて。かかる苦しみ隙なき所に。ありがたや。ただ今読誦し給ふは薬草喩品よのう。
ワキ「なかなかなれやこの妙典に。洩るる草木のあらざれば。執心の葛をかけ離れて。仏道ならせ給うべし。
シテ「あらありがたや。げにもげにも。これぞ妙なる法の教え。
ワキ「普(あまね)き露の恵を受けて。
シテ「二つもなく。
ワキ「三つもなき。
地「一味の御法の雨のしただり皆潤いて。草木国土。悉皆成仏の機を得ぬれば。定家葛もかかる涙も。ほろほろと解けひろごれば。よろよろと足弱車の火宅を。出でたるありがたさよ。この報恩にいざさらば。ありし雲居の花の袖。昔を今に返すなる。その舞姫の小忌衣(おみごろも)。
シテ「面(おも)なの舞の。
地「有様やな。(序の舞)
〈式子内親王は墓に戻り、墓を再び葛が覆う〉
シテワカ「面なの舞の。有様やな。
地「面なや面はゆの。有様やな。
シテ「もとよりこの身は。
地「月の顔ばせも。
シテ「曇りがちに。
地「桂の黛も。
シテ「落ちぶるる涙の。
地「露と消えてもつたなや蔦(つた)の葉の。葛城(かづらき)の神姿。恥かしや由なや。夜の契りの。夢の中(うち)にとありつる所に帰るは葛の葉の。もとの如く。這いまとはるるるや定家葛。這いまとはるるや定家葛の。はかなくも形は埋もれて。失せにけり。
「定家」現代語訳
〈北国からのワキ(ワキ)とそのワキツレ(ワキツレ)の登場〉
ワキ、ワキツレ〽山の北方から降って来た時雨、山の北から降り出した時雨、その行方は定めないのだろうな。
ワキ「わたくしは北国の方より出て来た僧であります。わたくしはまだ都を見たことがありませんので、このたび思い立って都にのぼることです。
ワキ、ワキツレ〽冬となり、旅の姿で朝早くから、雲とともに往来する遠くや近くの山々を越えては通り過ぎ、残る紅葉の眺めまでも、はなやかで美しい都に着いたことだなあ。
ワキ「急ぎますうちに、ここはもう、都の上京とかいうところです。心を静めて見物したいと思います。面白いこと、ちょうど時期は十月の十日過ぎ、木々の梢も冬枯れて、枝に残る紅葉の色はあざやかに、あちこちの様子までも、都の様子はますます、格別な眺めの夕方であるなあ。おや、時雨が降ってきました。ここにある雨宿りに立ち寄って時雨の晴れるのを待とうと思います。
〈前シテ(女)の登場、時雨の亭の説明〉
シテ「もうもし、お坊様、何をしにその宿りへは、お立ち寄りなさいますか。
ワキ「そうなのです。いまの時雨のやむのを待つために立ち寄ったのです。さてここはなんというところでしょう。
シテ「それは時雨の亭といって 由緒のある所です。その由緒をもご存じで立ち寄りなさったのかと、思ったので、このように申すのです。
ワキ「なるほどなるほど、ここにある額を見ると、時雨の亭と書かれている。時雨が降っているこの折に似つかわしく面白いことですね。さてこれはどのような人のお建てになった所ですか。
シテ「これは藤原の定家の卿のお建てなさった所なのです。都の内とはいうものの、ひどくものさびしく、時雨の折りには趣深い所だからといって、この亭を建て、時雨のころに毎年、ここで歌を詠まれた、ということです。〽古い名跡でもあり、ちょうど時雨の頃でもあり、このような事情をもお心にとめて、通りがかりの縁ですが、読経をなさって、定家卿のご菩提をお弔いくださいと、お勧め申しあげるそのために、私はここに姿をあらわして来たのです。
ワキ「それではここは藤原の定家の卿のお建てになった所なのか。さてさて時雨の亭という名を詠んでとどめた歌とは どのような歌なのでしょうか。
シテ「いやどれとも定められないのです。それは、いつ降るとも定めない時雨のようなもので、毎年詠んでいたことなので、とくにこの時雨の歌だとは申しにくいのです。しかしながら、「時雨時を知るといふ心を」と題しての、〽「偽りのなき世なりけり神無月、誰がまことよりしぐれ初めけん」、この歌の詞書に「私の家にて」と書かれているので、もしかしてこの歌のことでしょうか。
ワキ〽まことに趣深い歌であることよ。そのように、時雨は時を違えず、作者も亡くなった今でも昔のようにこの旧跡に降っているが。
シテ〽一方で、人間ははかないというその昔のことを、物語っているのだから、今もこの仮の世において
ワキ(女)〽わたくしたちは前世からつながる因縁があるのだ、これこそ『一樹の陰に宿り、
シテ〽一河の流れを汲む』間柄であるということなのです。
ワキ(シテの気持ち)〽その意味を知れというように
シテ〽折から降るのは、
地謡(シテの気持ち)〽今降っているのも、宿は昔の時雨の亭なのだから、その昔の時雨と同じ気持ちで、心を澄ましてここに住んでいた人(定家)の、風流なさまを思うにつけても、この世は夢の世、まことに定めない定家の、家の軒端にかかる夕時雨が降っては古い昔に帰ってしのぶ涙だなあ。庭も垣根もそれとも見えず、荒れていくだけの草むらは、露の置くような所も枯れて、ものさびしい夕べのけしきであることだ。
〈女は、僧を式子内親王の墓に案内する〉
シテ「今日は供養をしようと志す日ですので、お墓へ参ります。お参りくださいますか。
ワキ「それこそ出家の身の望むところです。さあお供をいたしましょう。
シテ「もうもし、ここにある石塔をごらんください。
ワキ「ふしぎなことだ。このお墓標を見ると、年月を経て古い上に蔦葛が這いまつわり、形もよく見分けることができません。これはどのような人の墓標ですか。
シテ「これは式子内親王のお墓なのです。またこの葛を定家葛と申します。
ワキ「ああ、面白い名だなあ、定家葛とは。どのような由来なのでしょうか。
〈女、定家葛のいわれを語り、妄執を払ってほしいと願う〉
シテ「式子内親王とは、初めは賀茂の斎院におなりになった方ですが、すぐに退任なさったのを、定家の卿が忍んで通われて深い契りをお結びになった。その後式子内親王はまもなくお亡くなりになったので、定家の執心は葛となってお墓に這いまつわり、互いの苦しみからのがれられないで、〽ともに邪婬の妄執の身となっている、お経を読んでお弔いなさるならば、なおも語り申し上げましょう。
地謡(シテ)〽忘れられないことだが、その昔、心の奥、奥といえばみちのくの信夫山だけれど、忍んで通ったのだが、この露の世のようにはかない二人のことが世間の語りぐさになるとはしょうがないこと。
シテ〽今はもう『玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば、
地謡(シテ)〽忍ぶることの弱りもぞする』と式子内親王が詠まれたような、忍ぶ力が弱られた心の状態で、秋の花薄の穂が出でたように契りが表ざたとなり、また離れ離れの仲となり、
シテ〽『昔は物を思はざりし』という歌のように、今のつらさにくらべれば昔のもの思いなどは問題にならず、
地謡(シテ)〽『逢い見ての後の心』の苦しさは、果てのないほどつらいことであった。
地謡(シテ)〽あわれと知ってください。霜の降るごとに朽ちてしまい、年を重ねて古くなってしまった山藍染めの袖を涙で濡らした昔を。その昔、つらい恋などはするまい、とみそぎをして、賀茂の斎院という地位にも、おつきになった身だけれども、神はその祈りをお聞きいれなさらなかったのだろうか、定家の卿との契りが、表ざたになってしまったのは悲しいこと。包み隠そうとしたけれど隠せず、移りやすい世の中のはかない仲のことはよそに漏れ、世間のうわさは広がり、おそろしい思いの日々、乙女の姿を見られた雲の通い路はなくなってしまって、ともどもにつらい思いをしたのであった。
シテ〽まことに『歎くとも、恋ふとも逢はん道やなき、
地謡(シテ)〽君葛城の峰の白雲』と、定家卿が詠んだ思いまで、思いやられるが、思えばこのような執心が、定家葛の形となり、このお墓に、いつからともなく、離れもせずに、蔦葛が思い焦がれるかのように紅葉してまつわりつき、おどろのように乱れた髪がからまりあうように、露や霜が何度も結んでは消えるように、我が身に立ちもどってくる妄執をどうぞお助けください。
〈女、正体を明かして、消え失せる〉
地謡(ワキ)〽昔となってしまった話を聞くうちに、今日もまもなく暮れてゆく。ふしぎなことです、あなたはいったいどなたですか。
シテ〽だれと言われても、だれもが死しての後は 浅茅生が霜に朽ちてしまうものです、名前だけ残ったとしても何のかいもないことです。
地謡(ワキ)〽たとえ草葉の陰に忍ぶ身だとしても、色に出でるようにその名をもあらわしてください。
シテ〽今は包み隠しますまい、
地謡(シテ)〽この上は、わたくしこそ式子内親王である。ここまで現れ来たのであるが、まことの姿は陽炎のようにはっきりせず、墓石として残している形でさえ、それともわからないほど蔦葛が這いまつわっている、この苦しみを助けてくださいと、言うかと見えて消えてしまった。
〈アイ(都、上京あたりの者)が登場し、定家葛のいわれを語る。僧たちは式子内親王を弔う〉
ワキ・ワキツレ〽夕べも過ぎて月の光がさし、松風が吹いてものさびしく、草葉の蔭に置かれた露のようなはかない人の身を、さまざまに思いつつ、弔いのたけ唱える教えこそ真実へ続く道なのだ。
〈後シテ(式子内親王)登場〉
内親王〽夢であろうか、闇の中、あるいはうつつの中の宇津の山の、月影のもとでたどる、蔦の細道だなあ。昔は松吹く風や蔦葛より漏れる月影のもとで言葉を交わし、みどりのとばりのおりた紅の閨の中で枕を並べて、
地謡(内親王)〽さまざまな恋情を交わした、その末に、
内親王〽はなやかな花や紅葉もちりぢりになり、
地謡(内親王)〽朝には雲となり、
内親王〽夕方には雨と、
地謡(内親王)〽降るとかいう『巫山の夢』の故事も思い起こされる。昔も今の身も、夢もうつつも幻も、いずれもみな無常の世のことで、跡には何も残らず、かえって草葉の蔭のいることになり、それならそれで葎の茂る宿でもなく、外側には、つれなくも定家葛が這いまつわっている。これごらんなさい、お坊様。
〈僧は、経を唱え、その功徳により葛は解ける。式子内親王はお礼に舞を舞う〉
ワキ〽ああ、いたわしいご様子だ、ああ、おいたわしい。『仏平等説如一味雨、随衆生性所受不同』(仏は雨のように平等に教えを説き、人々はそれぞれに教えを受けるところは同じではない)。
内親王〽ごらんなさい。この身は浮名が立ち、立居さえ自由にならず、死後までも苦しみの姿で、定家葛に身をしめつけられて、このように苦しみの絶える間のないところに、ありがたくも、ただいまお読みなさっているのは法華経の薬草喩品ですね。
ワキ〽その通りですよ、このすばらしい経典の言葉に、漏れて救われない草木はないのだから、執心による葛を払いのけて、どうぞ成仏なさってください。
内親王〽ありがたいこと、まことに、これこそ妙なる仏の教え。
ワキ〽あまねくゆきわたる露のような仏の恵みを受けて。
内親王〽二つでもなく、
ワキ(内親王)〽もとより三つでもない、
地謡(内親王)〽ただ一つの一乗の御法つまり法華経の慈雨が滴るのに、みなうるおって『草木国土、悉皆成仏』の言葉のごとく成仏の機縁を得て、定家葛もふりかかる涙も、ほろほろと落ち、ほろほろと解けひろがったので、よろよろと足弱車のような足どりで、火宅のような苦しみを抜け出たことだ、ありがたいことだ。このご恩に報いるため、さあそれでは、昔、宮中における花のように美しい袖を、昔を今に返すようにふたたびひるがえすことにしよう、その舞姫の付ける小忌衣、
内親王〽しかし面目ない 舞の、
地謡(内親王)〽様子であること。
(序ノ舞)
〈式子内親王は墓石に帰り、ふたたび定家葛が墓石を覆ってしまう〉
内親王〽面目ない 舞の、〽様子であること、
地謡(内親王)〽面目ない、恥ずかしい、様子であること。
内親王〽もとよりこの身は、
地謡(内親王)〽月のように美しい顔も、
内親王〽曇りがちになって、
地謡(内親王)〽三日月のように美しい眉墨も、
内親王〽やがて落ち、おちぶれた、涙を流す身となり、
地謡(内親王)〽露と消えた後も、見苦しく、蔦葛に巻きつかれた、あの葛城の神のような姿。恥ずかしく無駄なことよ、夜の間に、夢の中で契るだけであると言って、もとの墓石のところに、帰ってゆくと、這いまつわるのは、定家葛であって、はかないことにも、姿は消えて 見えなくなってしまった。
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