【能「求塚」の主題】
作者は「求塚」の主人公・菟名日処女(うないおとめ)を地獄に堕とした。
一般的に能では生前に罪を犯し地獄に堕ちたとしても、罪を懺悔することによって仏法の力により成仏することが建て前となっているが、この菟名日処女(うないおとめ)は仏法の力も及ばず、永遠に地獄の苦患を受け続けることになっている。そこまで重い罪を菟名日処女(うないおとめ)は犯したことになる。作者が捉えた成仏もできない「罪」とはいったい何なのか。
【主人公 菟名日処女(うないおとめ)が犯した罪】
少女の「罪」を、能のテキストとその背景にある万葉集、大和物語を参照しながら探っていきたいと思います。
まず菟名日処女(うないおとめ)が犯した罪といえることは二つあります。
①乙女は水鳥の命を奪った
求愛する二人の男を選ぶため、生田川に浮かぶ水鳥を射る射術の勝負をさせた。
その結果二人の男の矢は見事に水鳥に命中し、水鳥は命を絶った。
②二人の男の死を引き起こした
二人の男は入水した少女の墓を尋ね来て、このようになった上はいつまで生きていても甲斐ないことだと、刺し違えて死んでしまった。
自分が原因で二人の男の死を招いてしまった。
【菟名日処女(うないおとめ)の罪意識】
・水鳥の死について
『無残やなさしも契りは深緑の。水鳥までも我ゆえに。
さこそ命も鴛鴦(おしどり)の。つがい去りぬる哀れさよ』
(ああ可哀そうなことだ。あれほど仲の良かった水鳥は、私のために命をとられ、
鴛鴦(おしどり)夫婦の仲を裂いてしまった。気の毒なことをしてしまった)
・二人の男の死について
『二人の男はこの塚に求来たりつつ。いつまで生田川。流る水に夕汐(いうしお)の。
刺し違えて空しくなれば。それさえわが科(とが)になる身を助け給え。』
(二人の男はこの塚に尋ねやってきて、こうなっては生きていても甲斐のないことだと、
刺し違えて死んでしまった。二人の男が死んだことまでが私の罪になってしまいました。
どうかこの深い罪が救われるよう、お助けください。)
【前場では処女(おとめ)の罪は見当たらない】
能「求塚」の前場はここで終わります。
ここまで見る限り、少女は、水鳥の死も二人の男の死も、自分の罪だとしっかりと自覚しています。この限りにおいて、永遠に地獄の責め苦を受けることになる「罪」は見当たりません。逆にいえば、少女の優しさが強い印象として残ります。少女自身は恋に溺れたわけでもなく、何の行為もしていないのに罪になる。とても哀れに思います。
突っ込んでいえば、このように他者の死を招いたのは、少女は生きていること自体が罪になるということなのでしょうか。
次回は後場の地獄の責め苦に苦しむ少女の様子を検証してみます。
永遠に地獄の責め苦を受け続けねばならない処女(おとめ)の罪とはいったい何なのか。

処女塚古墳(兵庫県立歴史博物館ウェブサイトより)