第21回青葉乃会「求塚」について
能「求塚(もとめづか)」のサブタイトルを《無垢な処女(おとめ)の罪》としました。
・はじめに「求塚」とは
「求塚」は二人の男に愛された処女(おとめ)が困惑して入水し、二人の男もあとを追って入水したという、古き時代の説話が基になっています。それが歌に詠まれ『万葉集』に入り、『大和物語』に書かれ、やがては能の題材になって「求塚」が出来上がったようです。
しかしながら、哀れな処女の物語として伝承されてきたこの説話を、能の作者はこの処女(おとめ)を地獄に堕とし、永遠に地獄の苦しみを受け続けるという救いのない物語に書き変えました。まさに地獄絵の舞台化です。
作者はなぜ処女を地獄に堕としたのか、このことを探りながら「求塚」を紹介してゆきたいと思います。
【時】 平安時代のある早春(二月)
【所】 摂津国生田(兵庫県神戸市)
【登場人物】(登場順)
ワキー旅僧 ワキツレー同行の僧
前シテー菜摘女 前ツレー同行の菜摘女
アイー所の者
後シテー菟名日処女(うないおとめ)の霊
【作物】 塚(菟名日処女の墓)
【あらすじ】
前場①
旅の僧が摂津の国、生田に着くと、楽しげに春の菜摘をしている女たちに出会います。
僧は求塚のことを女たちに尋ねますが、一向に取り合ってくれません。やがて女たちはまだ寒いといって帰ってしまいます。
前場②
一人だけ残っていた女が僧を求塚に案内し、塚のいわれを語りだします。
『むかし、菟名日処女(うないおとめ)という女が、小竹田男子(ささだおのこ)・血沼丈夫(ちぬのますらお)の二人の男から求婚された。女は迷ったあげく、生田川の鴛鴦(おしどり)射させる勝負をさせた。二人の矢は共に鴛鴦に命中し勝負がつかず、鴛鴦を殺しただけになった。「住みわびぬ 我が身捨ててむ 津の国の 生田の川は 名のみなりけり」と詠んで生田川に入水し、二人の男も娘を葬った塚の前で刺し違えて死んでしまった。』と語り、僧に回向を頼んで塚の中に消えて行きます。
後場
僧が読経すると、塚の中から菟名日処女の霊が現れ、二人の男の亡霊や鉄鳥(てっちょう・地獄の鳥)と化した鴛鴦(おしどり)に責められて八大地獄で苦しんでいる有様を見せ、暗闇の中もとの塚に戻り姿を消します。
【みどころ】
前場①(爽やかな菜摘女の登場)
早春を迎える喜びと爽やかさに満ちた、とてもすがすがしい場面です。
舞台では乙女たちが楽しげにペチャクチャおしゃべりしながら、春の七草を摘んでいます。
(実際はおしゃべりではなくて謡を謡っているのですが)
ワキの旅僧(大人)の求塚を知らぬかという問いを軽くかわして、その場を立ち去ります。
後半の地獄とは正反対に、春の清らかな場面となっています。この後地獄絵が展開するとは想像もつきません。
しかしこの場面には後の展開への暗示があります。
若菜を摘む行為は若い命を摘む、つまり若い人が死ぬことを暗示している場面でもあるのです。
前場②(菟名日処女の入水)
菜摘女が帰っていくなか、一人だけ(シテ)舞台に残っています。
その菜摘女は菟名日処女の霊だったのですが、旅僧に求塚のいわれを語って聞かせます。
初めは、むかし菟名日処女という女が二人の男に求愛されて、と他人事のように三人称で語っていきますが、途中から、「その時わらは思うよう」と菟名日処女その者になり一人称で語りはじめ、二人の男を勝負させ、鴛鴦(おしどり)の片方を殺し仲を裂いてしまった
。
その罪悪感から生田川に入水したといいます。
そのことによって男たちは自分の墓の前で互いの胸を刺し通して空しくなった、その場面を再現して見せます。
後場(菟名日処女の地獄の苦しみ)
処女(おとめ)は地獄に堕とされます。地獄の責め苦はこんな風に描かれています。
女が堕とされた地獄は恐ろしく、二人の男が両手をぐいぐい引っ張って連れて行こうとする。男の勝負で犠牲になった鴛鴦(おしどり)は地獄の鳥となって剣のような嘴(くちばし)で頭をつつき脳髄を食らう。逃げようとしても前は海、うしろは火炎で逃げ場がない。水と火の責め苦に追い詰められ、どうすることもできなくて火宅の柱にすがりつくと、柱はたちまち火炎となって身を焦がし熱くて耐えることなどできはしない。
しばらくして起き上がると鬼がまた追いかけて来るので、その場を離れ、今度は八大地獄の苦るしみを浮くることになる。まず等活(とうかつ)地獄、次に黒縄(こくじょう)地獄、衆合(しゅごう)地獄、叫喚(きょうかん)地獄、大叫喚(だいきょうかん)地獄、炎熱(えんねつ)地獄、酷熱(ごくねつ)地獄、最後は無間(むけん)地獄に真っ逆さまに堕ちて、三年三か月もの間この苦しみを受け続け、少し苦しみが和らぐと、また次の三年三か月の地獄の折檻が始まり、この苦しみは終わることなどありはしない。仏力によって成仏もできない。永遠の苦しみが続く。
まさに地獄絵を見るかのような世界です。救いのないあまりにも悲惨な結末を迎えて終曲となります。
※八大地獄―以下八つの地獄
等活(とうかつ)地獄―繰り返し罪人を苦しめる
黒縄(こくじょう)地獄―熱鉄の縄で縛る
衆合(しゅごう)地獄―鐵山剱山で苦しめる
叫喚(きょうかん)地獄-熱湯猛火で苦しめる
大叫喚(だいきょうかん)地獄―叫喚地獄のもっと恐ろしいもの
炎熱(えんねつ)地獄―極熱で焼かれる
酷熱(ごくねつ)地獄―更なる極熱で焼かれる
無間(むけん)地獄―もっとも残酷な苦悩を与える地獄
【ポイント】
哀れで哀しい処女の物語として伝承されてきた説話を、能の作者はなぜゆえに処女(おとめ)を地獄に堕としたのでしょうか。処女のどこに問題があるというのでしょうか。
生きていることそのものの罪。
自分を美しいと思う驕慢な態度。
中世の女性に対する価値観の問題。
この際いろいろと考えてみたいと思います。
続く
〈ケット料金〉
S席―8000円
A席―7000円
B席―6000円
C席―5000円
学生―3000円
●問い合わせ、お申込み
銕仙会 03-3401-2285 平日10時~19時
●事前講座 ~ここが面白い「求塚」~
日時:令和2年4月22日(木) 午後6時半~8時
場所:銕仙会能楽研修所(表参道)
料金:入場無料(チケット購入者)