今年の12月18日(日)に第16回青葉乃会を開催いたします。

第16回青葉乃会
日時:平成28年12月18日(日) 午後2時始め
於:宝生能楽堂
番組
仕舞「誓願寺」 観世銕之丞
狂言「鏡男」 山本東次郎
能「砧」 柴田稔
<「砧の上演について>
今回は世阿弥が最晩年に書き上げたとされる「砧(きぬた)」を上演させていただきます。
この「砧」は能の中でも名曲中の名曲とされる作品で、世阿弥自身が最も自負している作品でもあります。
世阿弥は人の悲しみ苦しみを『心の花』として捉え、「井筒」に代表されるように夢幻能を確立し幽玄美あふれる世界を開花させました。
しかし「砧」では今までの作風を打ち破り、悲しみ苦しみという怨念を『心の鬼』として描き出そうとしました。
世阿弥は「後の世の人にはこの砧は理解してもらえないのではないか」と言っています。
言い換えれば、「自分以外の者にはこの作品の真意がわからないだろう」、そのような意味にも受け取れます。
世阿弥は足利義教が将軍だった時代に、70才を過ぎた老齢で佐渡に配流されます。
その理由は定かにはされていませんが、おそらく将軍義教の逆鱗に触れる事件があったのでしょう。
またその時には長男元雅は伊勢で客死、次男元能は出家、次々と後継者を失くし、また将軍からは世阿弥一座が圧迫を受けるという、能役者としては超不遇な時代だったとされています。
このようなときに「砧」が創作されたのです。
世阿弥の描くものが『心の花』から『心の鬼』と変化していったのも、過酷な運命が背後にあったにちがいありません。
今回「砧」を上演するにあたって、謡や型にも高度な技術が要求されることは言うまではありませんが、それ以上に「砧」を深く理解し、作者世阿弥の心にいかに近づいていくことができるか、これが一番大切なことだと思っています。
昭和の世阿弥の再来と言われた観世寿夫師は「砧」についてこんなことを言われています。
『とにかくむずかしい作品です。「砧」のような名曲を、あだやおろそかに演じては、作者の世阿弥に申し訳がないと、あらためて思い知らされるのです。』
ー「銕仙」パンフレット(1977年6月)より抜粋ー
私の今年の大仕事、よくよく肝に銘じて取り組みたいと思います。
次回は番組配役の詳細を紹介いたします。
<チケット>
S席(正面特別席) 8000円
A席(正面) 7000円
B席(脇正面) 6000円
C席(脇後方、中正面 5000円
学生席 3000円
<お申込み>
➀TEL 銕仙会(平日10:00~17:00) 03-3401-2285
③柴田稔ブログへコメント
以上、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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