
どうです、かっこいいでしょう! ほれぼれしちゃいますね。 まさに能役者です。
先代銕之亟先生の舞囃子「野守」の写真です(青山の銕仙会の舞台)。記録を見ますと平成元年10月とありますので、銕之亟先生、58歳の時のものです。この頃が一番輝いておられました。
この日は、先生ご自身が主催される華翠会(お素人の発表会)の一番最後に、番外として「野守」の舞囃子を舞われました。これは能「野守」の後シテ・鬼神が手に持つ鏡に、天界から地獄道にいたるまで写し見せるという、とてもスケールの大きな世界を創りだす作品です。
この舞台のことは、断片的ですが、鮮明に覚えています。体から発散されるエネルギーが、空気を振動させビシ、ビシと伝わってくるのです。面・装束に頼らなくても、体の構え、骨格だけで十分に力強い世界を創られていました。この日の舞台は私達の中でも、言い伝えになっており、それほど印象に残るすばらしい舞台でした。(ありがたくも私は地謡の端っこに座っていました!)
平成元年10月といえば、私が内弟子から独立させていただいたときで、私の両親が先生にご挨拶のため、この舞台を見に来ていました。能のことなど何も分からないのに、この舞台を見て、凄い感動を受けたといっておりました。「いい舞台は相手を選ばず感動を与える」ということでしょうね。
先代銕之亟先生は惜しくも、平成12年7月3日、69歳という若さでお亡くなりになりました。
私はこの先生の下に内弟子に入り、それこそ能のいろはから教えていただきました。
この先生なくして今の自分は存在しません。
早いもので今年で7回忌です。
7月2日(土)に、「
銕仙会特別公演 八世観世銕之亟静雪七回忌追善能」が催されます。
このことはまた改めて書くことにします。
(写真撮影者、吉越 研)
上の写真をよ~くご覧になってください。足元を!
映っているでしょ、鏡のように!
これぞ能の舞台、磨かれた舞台なのです。
これは書生のあせの結晶です。
毎日、毎日、来る日も、来る日も、セッセ、セッセと舞台を雑巾がけして磨いた結果なのです!
芸では先生のように自慢できませんが、こんなところは大いに胸を張りたいです!!!
しかしながらここに写っている板は、老朽化のためこの翌年に、取り替えられてしまいました。残念!