いつも浅見真州さんの会には、かの大女優、吉永小百合さんから楽屋に花束が届いています。いいなぁ!
昨日、浅見真州の会で独演三番能というものが行われました。
65歳になり、舞台生活六十年を記念してと、パンフレットに書かれていました。
「翁」弓矢立会、能「山姥」雪月花の舞、狂言「末広がり」
能「求塚」
能「融」十三段之舞
お一人でこれらの能を舞われたのです!
正確には、「翁」、「山姥」、「求塚」、「融」と四番勤められたことになります。
「翁」はシテに関係するところは30分、他の三番は2時間クラスの大曲です。
朝11時に初まり、終わったのはは7時を過ぎていました。
曲と曲の間にも、装束をつけなければなりませんので、おシテの浅見さんはほとんど休み無しです。とてもまねのできることではありません。
最初の演目は、「翁」付き「山姥」でしたので、「翁」、「山姥」、狂言の「末広がり」まで引き続いて上演されます。つまり、「翁」で舞台に出た地謡、囃子方がそのまま舞台に居残り、次の「山姥」に臨みます。地謡はここまでですが、狂言の「末広がり」は囃子のアシライがありますので、囃子方は狂言が終わるまでづっと舞台に出っぱなしになります。「翁」、「山姥」で3時間10分、狂言が30分でしたから、あわせて3時間40分! 演者もお客様も気力と体力の勝負になりますね。
普通だとこれで一日の仕事が終わるのですが、浅見さんにはまだあと二番あります。信じられないほど、すごいことです。能役者はやればここまで出来るということを、身をもって体現されているのでしょうか。ご自身の限界への挑戦なのでしょうか。
そつなく、また見事にこの日の舞台を勤められました。しかもまだかなりの余力を残しておられるようでした・・・
この日一日の力の配分を十分に考慮されて望まれていると思うのですが、私がそれ以上に感心するのは集中力の持続です。丸一日舞台を勤めるにはそれだけの集中力が必要です。体力もさることながら、集中力を維持するほうがもっと大変だと思うのです。
私にも経験があるのですが、疲れてくると、ふと気が抜ける、思考能力がなくなってしまうことがあります。そのときに芸がしっかり身についていますと、もう一人の自分が無意識のうちに、謡を謡ったり、舞ったりしているのですが、からだに叩き込んでいない芸はこのようにいきません。
こんなことを考えると、この日の舞台では、浅見真州さんの芸の力を目の当たりに見せ付けられた、そんな気がしました。
(6年前にも浅見さんは一日の公演で翁と能五番を独演されています) 再拝、再拝!
この日の舞台で気がついたこと少し紹介します。
「翁」弓矢立会ーーー翁はいつもは一人ですが、この小書きが付くと、同じ出で立ちをした翁が三人出てきます。「翁」の役はその座の座長か、あるいは大夫が一人選ばれて勤めますが、3人もいると圧巻です。楽屋内は異様な雰囲気でした。さてこの中で誰が本物の”翁”だろ、なんてふざけたことを考えていました(笑)
舞台では、千歳の舞いまではいつもと同じですが、このあと天・地・人の拍子を踏む翁の舞の代わりに、三人の翁が「翔り」を舞い、動きも詞章も異なります。この弓矢の立会い、略式の舞囃子形式では見たことはありますが、正式の形で見るのは今回初めての体験です。
能で使う面や装束は、原則的にはその日のシテが自分の演出意図に合わせ決めていきます。大まかな決まりことはありますが、どの面を使うか、装束の組み合わせをどうするかなど、演能のつど決めていきます。とはいえ、面・装束は無数にあるわけではなく、その団体が所有する、または個人が所有する中から選んで決めます。そのためにも日ごろから思いをめぐらし、感性を磨いていないと良い結果が出ません。
浅見真州師のアイデアは、われわれでさえ驚くことがあります。
今回の「山姥」の前シテです。
セオリーどうりですと、面は「深井」、色無し(赤が入っていないもの)唐織の着流しで、中年の女性の姿です。
今回は面は「檜垣」(老女の面の一種、能「檜垣」・「卒塔婆小町」等で使っているものです)、この面は、少し頬のこけた上品な顔をしています。色無し唐織の着流しは同じでしたが、いつもだと後シテに使う金茶地の山姥鬘を、放し髪のスタイルで使われていました。
霊力を持つ老女という感じを受けます。しかもどことなく品があり、色気があって大変面白いと思いました。
しかし、まねは出来ません。二番煎じになっちゃいます。