今回の「道成寺」は2度目の公演だったのですが、赤頭という小書きを付け、乱拍子を相手していただいた小鼓方の流儀も違い、まったく別物という部分が多く苦労しました。
2年近く前からこの公演を決めていましたので、素晴らしい配役の環境で演じさせていただいたことにはとても感謝しています。
・前シテの面(おもて)
今回使用した面・装束なのかで特筆すべきものは、前シテに使用しました面で、今日はこの面をのことを少し紹介させていただきます。
前シテの面(おもて)-増女(ぞうおんな)・増阿弥(ぞうあみ)作 銘・似多里(にたり) <銕仙会所蔵>
まず作者の増阿弥ですが、なんと世阿弥と同時代の人物とされています。
つまりこの増女の面は室町中期に制作された面ということになるのです。
増阿弥は田楽能の名人であったようで、世阿弥は「申楽談義」という著作のなかで、その芸を見て「感涙もながるるばかり」と高く評価しています。
また増阿弥は能面作者でもあったようで、女面の種類の中でもとりわけ品格の高い表情をしている「増女」は、増阿弥が創出した面で、増阿弥の「増」と「女」を合わせて名づけられたとされています。
しかしながら現時点の研究では、田楽師の増阿弥と能面作者の増阿弥が同一人物であったということは、確証がないため真偽不明とされています。
それはともかく、今回使わせていただいた増女はすごい面なんです。
銕仙会が所蔵する面でも格別良いものの一つですし、銕之丞先生から道成寺の面について「何を使いたいか」と聞かれ、この「似多里」を使わせていただきたいとお願いした時にはかなり渋られました。
それはもっともなことなのですが、最後には「覚悟を決めて使うならいいでしょう」と言い渡されてお許しをいただきました。
当然私には大きなプレッシャーとなったわけですが、こんな壁も乗り越えていかなけらばならないと自分に言い聞かせて今回の公演に臨みました。
・後のシテの蛇体について私が初めて道成寺を拝見したのは学生時代で、その時にも「赤頭」という小書きがついていました。
能のこと、道成寺のことなどあまりよく知らないときでしたが、鐘が上がって後シテが現れた姿にとてつもない感動を覚えました。
自分が道成寺をやるときには、一度はこれでやりたいと!
それはこの姿です。
蛇体が現れると思いきや、白いモコモコとした物体がうずくまっている。
すると、やわら起き上がり蛇体の姿を見せる。