「道成寺」赤頭 西村高夫師
「道成寺」ではこの鐘が舞台につらされています。重さは40〜50キロはあるかもしれません。
骨組みは竹で出来ていますが、下の環のところには穴あきの貨幣、五文銭(今は五円玉)が芯に通されて、鐘のおもりの役目をしています。
この骨組みを絹で出来た紫色の包みで覆っています。
鐘の中の仕組みは企業秘密!ですが、ほんの少しだけ明かします・・・
ドラえもんのポケットのような不思議なポケットをいくつもつけています。
私たちはこのポケットを棚と言いますが、
ふつうの「道成寺」の時には、後の般若の面を入れるポケットを二つ(ひとつは予備用の面です)、妙鉢(ジャーんとなる銅鑼のことです)を入れるポケットを二つ、計四っつ作っていますが、
今回のように赤頭の小書きが付くと、赤頭の分と後に着替える装束の分とであと二つ大き目のポケットを作ります。→鐘の中はますます狭くなります!
中は真っ暗、シテはこの中で一人で着替えをします。
ふつうの「道成寺」では面を交換するだけで良いのですが、赤頭の小書きが付いた場合、文字通り鬘を赤頭に替え、鐘の中から現れる後シテが担いでいる担ぎを、普段は前シテで着ていた唐織を羽織るのですが、純白の白練りにします。
この日は、腰巻も替えられていました。腰から下に巻いている着物です。
前シテは黒の紋尽くし、後シテは紺色で山道に花の丸というものでした。
腰巻を鐘の中で着替えることは大変なことで、楽屋では3人がかりで着付けをします。
それを狭い空間の中で、しかも短時間に一人で着替えるのですから役者は必死です!
(私はこの経験はまだありませんが)
しかしこの苦労が多い作業も報われる得ることが少ないのです。
観ているお客様はこの腰巻の変化にほとんど気づかれていません。(この日の舞台をご覧になった方、いかがでしょうか? 腰巻の違い、気づかれましたか!?)
まさしく労多く功なしというものです。
赤頭の小書きが付くと、細部にいろいろ細かい型の違いがありますが、これは私が再演する時に記することにします(^。^)
(いつの事になるのでしょう!?)