12月22日の青山能「龍田」まで、一週間を切ってしまました。
「龍田」についての紹介を急いでアップしていきます。
能「龍田」の舞台経過 ③
紅葉の龍田川を渡ろうとする僧に、神慮に背くと物言いをした女性が別ルートを案内し、二人は龍田神社に到着しました。
これが龍田神社(龍田本宮)です。

(龍田本宮 H24.11.24日撮影)
この神社の後ろに見えるのが龍田山かもしれんせん。
僧は感激して、明神に「我らを守り給えや」と手を合わせて拝みます。
(能では龍田神社を表すのに、一畳台を出しその上に小宮という作り物をおいて、「これが神社だ」という設定にしています
そしてこの女性は、僧を連れて龍田神社の境内を案内して回るのですが、先ほどに自分は龍田神に仕える巫女だと名乗ったのですが、じつは龍田神社の神・龍田姫だと言って、自ら光を放ち神殿に姿を消してしまいます。
これが神殿です。

(龍田本宮・神殿 H24.11.24日撮影)
能「龍田」のテキストでは、この場面で霜降り月なのに、一本のもみじだけが枯れないで紅葉しているのはなんて不思議のことだろうという場面があるのですが、それはこんな紅葉だったのかもしれません。

(龍田本宮の境内に咲いていた一本の紅葉 H24.11.24日撮影)
僧と女性が龍田神社を訪れたのは夕刻のことでした。
その夜、神殿から龍田姫が現れ夜神楽を舞うのが能「龍田」の後半部分となります。
・二つの龍田神社
龍田神社はじつは二つあって、龍田川をはさんで北側(龍田神宮)と南側(龍田本宮)にあります。
・龍田新宮
北側の龍田神社は法隆寺近く斑鳩町にあり、龍田新宮と呼ばれ、聖徳太子が法隆寺を建立したとき守護神として建立されたもので、現在では
龍田神社とはこの龍田神宮のことをいうそうです。

(龍田新宮 ・H24.11.24日撮影)
鳥居が藁ぶきなのが珍しかったです。
この境内には能・金剛流発祥地の記念碑がありました。
龍田本宮とくらべ小規模な神社でした。
・龍田本宮
南側の龍田神社は奈良の最も西にあたる生駒郡三郷町にあり、龍田本宮とされ、今はここを
龍田大社と呼ばれているようです。

(龍田大社・H24.11.24日撮影)
龍田大社の創建は非常に古く、紀元前の崇神天皇の頃だとされています。
能「龍田」の主人公・龍田姫はこの龍田大社の神であり、秋の女神とされています。
ここを訪ねた時は、お正月用のしめ縄を地元の人たちで作っておられました。
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