高照神社は”津軽神楽”発祥の地

(高照神社 H24.6.11撮影)
第3回目の弘前
城薪能ワークショップのあと、“津軽神楽”を伝承されている宮司さん達と会食する機会を得ました。
お会いしました方は次の三名の宮司さんです。
猿賀神社 山谷敬氏
青森縣護國神社 齋藤毅氏
乳井(にゅい)神社 山田伴国氏
”津軽神楽”の伝承についての話題が中心でした。
能の世界も例外ではありませんが、後継者育成が切実な問題となっておられるようです。
話題になったことをまとめますと、
・”津軽神楽”は神官のみで行われ、しかも22才で神職になってから芸が伝授される。
・伝承はすべて口伝、いわゆる型付けがない。
・神事の行事として行われるため、氏子のために見せるのが目的でない。
・国立劇場などで披露し、やがては国の重要無形民俗文化財の指定を受ける。
”津軽神楽”の芸の伝承は、いわゆる一子相伝、しかも神職の資格を得てからという非常に厳しい制約がかけられています。
とても神聖化されたなかで伝承され、しかもすべて口伝です。今は数十人の神官の方々で津軽神楽保存会を作り、守っておられるようですが、たずさわる人が少なくなると芸の継承が途切れていしまう恐れもあります。
口伝だと、一度途切れてしまうと復活することが容易ではありません。
このことを一番心配されておられました。現代ではビデオテープが一番の頼りだと言われていましたが、これとて正しい映像とは限りません。本番では思わぬアクシデントがあり、伝承とは違ったことが行われることは多々あります。
正しい伝承をする、そのためには稽古を重ねなければならず、当然お金もかかります。
個人で負担するのには限界があり、やはり公的機関がしっかり支援していかなければなりません。
いま巷では文楽の援助を打ち切る問題が話題になっていますが、伝統遺産を残すには、並々ならない稽古と、それにともなう資金が必要です。個々の財力だけでは十分にまかなえないのです。
こういった地方の伝統芸能にも大きな理解をもって、日本の文化を残す努力をしなければならないと痛感しました。
”津軽神楽”について
ネットで調べたことを簡単に紹介してみます。
1714年、高照霊社(今の高照神社)で奉納されたのが”津軽神楽”のはじまり。
高照霊社は津軽藩4代藩主・信政を祀るために創建され(1710)、堰八豊後安隆(せきはちぶんごやすたか)が、江戸、京都で神楽を学び、1714年に高照霊社で奉納した。
囃子の楽器
笛、太鼓、小太鼓、手平鉦(てひらがね)
演目ー現在11曲が残っている
神入舞、宝剣、磯良(いそら)、千載、榊葉、弓立(ゆだて)、天王、朝倉、湯均舞(ゆならしまい)、御獅子(おしし)、四家舞(しかのまい)
「津軽神楽−神入舞・磯浪の舞(昭和31年撮影)」
「津軽神楽「四家の舞」H21年5月3日猿賀神社崇敬会大祭」
・夜宮で津軽神楽
毎年5月~7月にかけ、津軽地方の各神社では夜宮(宵宮)が行われ、そこで津軽神楽が行われている。
現在高照神社の宝物殿には、江戸期から伝わる神楽面や装束が展示してありました。
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