ありがとうございました。
2月10日、銕仙会公演にて「百万」を演(や)り終えることが出来ました。
公演にお越しいただきましたお客様、また日頃よりこのブログをご愛顧いただいています皆様方には、深く御礼申し上げます。
前回にもアップしましたが、当日の「百万」の姿を説明いたします。
・曲舞師・百万
シテ・百万の出で立ちですが、上から順に、
立烏帽子[前折烏帽子]、
長絹(ちょうけん)[萌黄地に霞と千鳥模様]、
着付け[白地に銀露草模様]、
腰巻(小袖を脱ぎ下げて腰で止めている姿)[紺地に桜と松葉模様]、
手には笹(後には狂女扇に持ち替える)、
面は今回は曲見(しゅくみ)を使用しました。
この出で立ちから、烏帽子と長絹は舞装束をあらわし曲舞の舞台姿、笹は狂女を意味します。(これらは能の約束事になっています。)
最も古いとされる装束附けに「百万」はこのように書かれています。
「黒ぬり烏帽子、小袖ぬぎかけ、面・深井、曲見、長絹、扇、笹の葉(また別のもの持つことあり)」(下間少進[1551~1616]の型附け)
この装束附けは今の舞台姿とまったく同じです。じつに500年間も百万の姿は伝承されていることになります。
これは凄いことだと思います。
※笹の葉(また別のもの持つことあり)について、笹の葉以外には桜、または梅の持ち枝が使用されることがあります。
この決められた装束附けのなかで、いま私たち能役者が「百万」を舞台で演じるときの選択肢は、
・面
・長絹
・腰巻
この三点に何を使うかということが大きなポイントとなります。
私の場合、観世銕之丞家が所有するお蔵の中のものを拝借するのですが、すべてより好みで使えるのではありません。
年代物の面・装束は名人の舞台を経験しています。おのずから自分を使う相手を選びます。
「お前にはまだはやいよ!」
というのがいっぱいあります。
今回の「百万」の舞台に際しても、師匠の銕之丞先生に装束のお伺いを立て、おおまかに私の希望を申し述べさせていただきました。
師:「長絹は何にしますか」 私:「萌黄地のものをお願いします」
師:「腰巻は何にしますか」 私:「萌黄地に合う紺地のものをお願いいたします」
師:「面は深井・曲見、どちらにしますか」 私:「曲見でお願いいたします」
このような会話がありました。
「百万」の舞台姿には、銕仙会では何通りかのパターンがあって、その一つをを想起して述べました。
銕之丞先生は私の意をくんでいただけたのか、
「では長絹は萌黄地で金霞に千鳥のものを、腰巻は紺地の桜花と松葉の文様で行きましょう。」
思い描いた通りの装束をいただくことが出来たのはありがたかったです。
特に今回の「百万」の舞台では、面を「曲見(しゃくみ)」を使いたいという強い想いがありました。
「百万」の面には、「深井」、「曲見」の二つの選択があるのですが、
「深井」の面は今までに、「善知鳥(うとう)のツレ」、「海士の前シテ」、「隅田川」、「桜川」で何度か使わせていただきましたが、「曲見」は使ったことがありません。
私の個人的な感想なのですが、「曲見」は「深井」に比べて、どこかひなびた憂いと優しさを供えた面だという認識をもっています。もちろん面にもよりますが。
特に好きな「曲見」は、三井家所蔵の龍右衛門(たつえもん)[室町期]作の「曲見」で、おっとりとした面立ちにも深い想いが宿されている面です。先日行われていた展覧会にも出品されていました。
銕仙会にもこの面と匹敵する素晴らしい面があります。

その中でも、今回一番使いたかった面、甫閑(ほかん)[江戸期]作の「曲見」をいただきました。
僭越ながら本当にうれしかったです。
こんなに素晴らしい面です。
母は「かくも優しく、慈悲深いものか」、そんな想いが伝わってきます。
今回の面・装束はとても素晴らしく、この姿で舞台を演じさせていただいたことは、なによりの幸せでした。
これらの装束を使いこなせていたかどうかが、大きな問題なのですが。
※写真撮影者 駒井壮介氏
htmx.process($el));"
hx-trigger="click"
hx-target="#hx-like-count-post-17194468"
hx-vals='{"url":"https:\/\/aobanokai.exblog.jp\/17194468\/","__csrf_value":"bc9ba424387712b8e148900ceb046a48bf85792d606c2070b7432e5ffc7089255f09dc9a33379dfbcc005c1d77cd24c04a41f8ed160c5da0202d72d199d88d3e"}'
role="button"
class="xbg-like-btn-icon">