7月6日
今日は国立能楽堂での公演でした。
節電対策として、本来午後1時始なのを、1時間繰り上げて12時始めに。
夏場の電力消費ピーク時間を少しでも避けるための対策で、
9月の定例公演もやはり12時始めにされるようです。(本日の終演は2時15分)
しかし、平日の真っ昼間の公演にもかかわらず客席は満員でした。
番組
狂言 樋の酒(ひのさけ) 茂山正邦
能 雨月(うげつ) 野村四郎
・能「雨月」について
雨月をひと言でいうと、『軒打つ時雨を好み(雨)、月光を愛する(月)、日本の心』となるでしょうか。
歌人の西行法師が住吉神社に参拝の途中に、ある老夫婦の一軒家に宿を借ることになるのですが、
ここで雨月の歌のやり取りをします。これが前場で、
後場には、和歌の神様の住吉明神が来現し、和歌の徳をたたえます。
この作品は、物語を楽しむというのではなく、その場その場の風情を楽しむものだという思いがします。
・夫婦喧嘩~雨月の争い~
たとえば前場で、この老夫婦は言い争いをしています。
おじいさんは、「わしは屋根を打つ雨音が好きなので、家には軒先に屋根を伸ばしたい」
おばあさんは、「あたしは月明かりを眺めたいので、軒先の屋根なんていやです」
その結果、この家には軒先がある部分とない部分と二つに分かれているのです。
この老夫婦が住む一軒家を表した「大板屋」と呼ばれる作り物が舞台に出ているのですが、この屋根がこのことを象徴しています。
屋根が破けている下がおばあさんの居場所、まともなところがおじいさん居場所。(上の写真)
西行法師が一夜の宿をお願いすると、
じじは、「あんたはどっちの屋根の下がいいか」
困った西行は、「どうしてそんな雨月の言い争いをすのですか」 と答えます。
じじは、ここに泊まりたければと、
『賎(しづ)が軒端(のきば)を ふきぞわづらふ』
(今私たち夫婦は、軒端の屋根を葺(ふ)くかかどうか、迷っていいます)
と和歌の下の句を読み、これに上の句を付けよというのです。
歌人の西行はお安いご用と、
『月は濡(も)れ 雨はたまれと とにかくに』
(月の光は漏れ、雨は漏れずに音を立てよ、こんな望みがあって)
老夫婦・二人の意をくんで、上の句を見事に付けます。
謡の文句を理解していると、美しい日本の言葉のやり取りしている、とても面白い場面です。
雨月の言い争いは、このあと、「木の葉のしぐれ」で一挙に和解へと進んでいきます。
謡の文句を理解していると、美しい日本の言葉のやり取りしている、とても面白い場面です。
かくて西行法師はこの老夫婦に気にいられ、一宿預かることになります。
このあと雨月の言い争いは、「木の葉のしぐれ」で一挙に和解へと進んでいきます。
・木の葉のしぐれ
時は中秋の名月の日、しかしこの日の空は雲に覆われどんよりとした天気です。
・・・突然、嵐が吹き乱れしぐれが降り出しました。
ところが、これは雨の音ではなくて、木の葉が風に吹き飛ばされて屋根に当たり、
コトコトと音を立てているのでした。
まさしく木の葉のしぐれだったのです。
一方b空は嵐のため、雲も吹き飛ばされ、中秋の名月が冴え渡って姿を見せたのです。
じじ、ばば、この二人の願いが同時にかなったわけです。
またここからの言葉が美しいのです。
「木の葉の露に、月影の映るおもしろさよ。
そのもみじ葉が、雨の振るような音のして、
散って積もれば掻き集め、雨の名残と楽しもう」
じじが扇で葉を集める所作があるのですが、これがなかなか風情がって面白い場面です。
こうして前場は終わります。
後場では、和歌の神様・住吉明神が現われ、西行の和歌を褒めたたえ、舞を舞います。
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