4月21日 あさば能 「采女(うねめ)」 美奈保之伝
伊豆・あさば旅館には池に浮かぶ舞台があります。
この池を、能「采女」でシテの采女が投身した猿沢の池とみなすと、「采女」を演じるときにはこれ以上の舞台設定はありません。
舞台が静かになると水の流れる音が静かに響き渡り、ホトトギスの鳴き声が興を添えてくれます。
おりしも夕暮れ時からの公演では、青空からとばりが下りて、夜の漆黒の世界に変わる様がじつに面白かったです!
日本って本当にステキな国だと思います。
暗くなってからはカエルのなき声が、狂言師の役割をしていました(笑)。
美奈保之伝(みなほのでん)
あさばでの公演は、「采女」に美奈保之伝という小書(こがき)がつき、特殊演出での公演でした。
来週に青山能で「采女」の公演を控える私には、作品を研究するとてもいい機会でした。
この美奈保之伝という小書がつくと、入水した采女の話だけに焦点が絞られ、「采女」が非常にすっきりした構成になります。
台本は半分くらいカットされ、猿沢の池に身を投げた采女が鮮明にクローズアップされてきます。
とくに後場は池の中から采女の霊が現れたことを明らかにするため、水色の衣を被きながら登場し、また舞は水上の上という設定で拍子を踏まず、袖もひるがえしません。
常の「采女」は複数の物語が組み込まれ、冗長な感じを受けますが、この美奈保之伝の小書がつくと非常にコンパクトになり、演じる側としてはテーマが絞りやすく、作品の組み立てが容易になります。
先日奈良に行って、猿沢の池や春日大社を散策してきました。
その時つぶさに感じたことは、仏教が伝わる以前に神国として栄えた日本には、大地に神が宿るという考えがあって、能「采女」の作者・世阿弥は、「神聖な大地と神聖な采女」、この両者を結びつけたかったのだと思うのです。
このことから私は、春日の里の采女を語るに、春日の大地を讃仰する必要があるのだという見解に達しました。
「采女」は小書なしの、もとのままが良いのではないかと思っています。
しかい「采女」は少々長~いです。2時間を超えるかもしれません。(+_+)
いかに集中力を持続させるか、これが大きなポイントのような気がします。(笑)
※トップのあさば旅館の舞台は数年前に撮影したもので、今回のものではありません。
あしからず!