美内すずえさん原作の少女漫画、「ガラスの仮面」の中に出てくる作中劇「紅天女」が、能に作り変えられ上演されたことは、以前にこのブログでも取り上げました。
30年ものロングセラーを誇るこの漫画が、能になったとして注目を浴び、入場券がプラチナチケットになるほどの盛況振りでした。
この新作能「紅天女」について、多田富雄氏が朝日新聞に論客として批評を書かれていました。
『・・・・・・この新作能のメッセージは何だったのだろうか。アイ狂言の理屈っぽい重複した台 詞(せりふ)に、地球環境問題とかいろいろあったが、言葉が空疎で訴えかけるものがなか った。 「能になりそうな題材」というだけで舞台を作るのでは志が低い。現代人に感銘を与 える能をどう作るか。せっかく能の新しい観客が生まれる機会がこれではもったいない。企 画から台本つくりまで、もっと厳しく考えて、もう一度能の賑わいを取り戻して欲しい。 』
〈3月1日 朝日新聞夕刊)
新作能「紅天女」の製作には関与しなかったものの、一出演者としてこの評をどう受け止めるべきか!
能には人間の内面性を深く追求した作品が多くあります。しかし一方では、華やかで、見た目の面白さを全面的に出した
ショー的な能もあり、これを能の世界では「風流(ふりゅう)能」といいますが、今でも人気があり、よく上演されています。
この「風流能」といわれるものには、多くの場合、深刻なメッセージというものはありません。
世阿弥や金春禅竹が人間の潜在意識まで掘り下げて作り出した夢幻能の世界に対し、その次の世代で、信光に代表される一般民衆にも面白く理解されるために書かれたのが「風流能」です。
現在でもそんな「風流能」が創作されてもいいじゃないですか。
この「紅天女」の見せ場は、なんといっても、梅ノ木の精が天女となって昇天するところです。
この天女の舞を、いかにもいかにも面白く見せれば、この作品は成功だと思うのです。
難しいことは抜きです!
その場面をいかに盛り上げていくか、それが周りのわれわれの仕事だと思っています。
まだ再演を残しています。
より面白い「紅天女」を作ってゆきたいものです。