第16回青葉乃会
日時:平成28年12月18日(日) 午後2時始め 於:宝生能楽堂
〈番組〉
解説 「本日の演目について」 増田正造(武蔵野大学名誉教授)
仕舞「誓願寺・クセ」 観世銕之丞
狂言「鏡男」 山本東次郎ほか
能「砧」 柴田稔ほか
〈「砧(きぬた)」について〉
能「砧(きぬた)」のサブタイトルを『~閨怨(けいえん)の秋~』としました。
【能「砧」のテーマ】
夫は自分を捨てたと思い、ひとり寝を嘆く妻の寂しさが限界を超えて、この世を去ってしまうという女の妄執。
サブタイトルに付けた『閨怨(けいえん)』を辞書で調べてみますと、
「夫と離れている妻が、ひとり寝の寂しさを怨むこと」とあります。
『閨怨の秋』は、秋の夜のひとり寝の恨みという意味になり、「砧」を言い表すにはピッタリです。
残念ながらこの言葉は私が考案したものではなく、歌人の馬場あきこさんが「能の世界」という著書の中で「砧」のタイトルに使われているのを拝借しました。
「砧」の解説書をいろいろと読んでいると、この『閨怨』という言葉がじつよく使われています。
【作者】 世阿弥
「砧」について世阿弥の言葉
『静かなりし夜、砧の能のふしをききしに、かようの能の味わひは、末の世に知る人あるまじければ』ー申楽談義ー
(静かな夜に「砧」の能の謡を聞くと、このような能の味わいは、後の世には理解する人もなくなってしまうだろう。)
【登場人物】(登場順に)
ワキ 九州・芦屋の何某(訴訟のため国を離れ在京中)
ツレ 夕霧(ゆうぎり)芦屋の何某の世話役として九州から同行している侍女
前シテ 芦屋の何某の妻(九州で夫の帰りを待つ妻)
後シテ 妻の亡霊(恋の妄執のため地獄に堕ちてしまい、地獄の苦しみを強いられている)
【季節】 秋
【場所】
芦屋の何某が住む都の住居→芦屋の何某の九州の住居
【あらすじ】
・前場
訴訟のために都に滞在している芦屋の何某は、故郷の妻のことが気にかかり、侍女の夕霧に「今年の秋には必ず帰る」という伝言を託し使いに立てます。
九州・芦屋の里で夫の帰りを心待ちにしている妻は、夕霧を迎えて都の様子を尋ね、三年間一度も便りがなかったことの寂しさを訴えるのでした。
どこからともなく聞こえてくる砧の音。その昔、中国の蘓武の妻が打った砧の音が夫に届いたという故事にならって、妻も砧を打ち始めます。
夫を慕う悲痛な声とも聞こえる砧の音は、冴えわたる晩秋の夜空に響き渡ります。
そこへ夫は今年も帰郷できないという知らせを受け、もはや自分は見捨てられたのだと思った妻は、絶望のどん底に沈み、虫の音が衰えるのと同じようについにこの世を去ってしまうのでした。
・後場
妻の死を知った夫は故郷に戻り、自ら供養します。
やせ衰えた妻の亡霊は夫の前に姿を見せます。
妻は愛執の報いにより地獄に堕ち、その苦しみに悶えながらも、長く捨て置かれた怨みを訴えかけます。
やがて、夫の読誦する法華経の功徳により、妻は安らかに成仏するのでした。
次回は衣を打つ”砧”についてお話します。