昨日(28日)、幽の会が東京・国立能楽堂にて行われました。
能・「邯鄲」 観世榮夫
狂言・「布施無経」 山本東次郎
八十歳を目前に控えられた観世榮夫師が、、若い頃より特に好んで演じられてきた「邯鄲」の公演です。この「邯鄲」はとても体力のいる作品なのですが、見事に舞通されていました。
作品の持つ「格」を訴える力は、まったく衰えを感じさせません。さすがです。
当日のパンフレットに山本東次郎師が「榮夫さんから受け継ぎたいこと」という題目で文章を寄せられていました。とても良い文章なので、長くなりますが紹介させていただきます。
『・・・能楽のような古い古い舞台芸術に絶対の自信を持ち、価値観の変化などにはびくともせず、ひたすら舞台を勤めておられた先輩たち。戦後の混乱期、大型のリュックサックに、装束、面、小道具を詰め、それを担いで大混乱の山手線や中央線に乗って舞台に望み、凄い舞台を創っていた先輩たち。そして観客も、空腹や寒さ、暑さに耐えて、熱い視線でその舞台を見守っていたのです。満腹や暖をとるより欲しかったもの、演者も観客も素敵でした。
そんな舞台が、芸があったことを知る人は、もうほんの一握りになってしまいました。能・狂言の技法や形態はこれからも継承されていくでしょうが、最も大切な精神が断ち切れてしまうのではないか、このところしきりにそんなことを考えていると、様々な場面で、本当にお世辞ではなくて、「こんな人は榮夫さんのほかには誰もいない」 と感じることしきりです。もうすぐ八十歳になられようとする今なお、決してご自分に満足せず、己の理想に向かって懸命にひた走って折られる姿、それが私にはどうしても「青年」に見えてしまうのです。驚異というほかありません。・・・』
能の昭和の歴史をも語るいい文章だと思います。
次回はこの「邯鄲」に出てくる“引き立て大宮”と呼ばれる作り物ー上の写真ですーについて触れてみます。これが不思議な舞台効果をもたらせます。